仕事の管理 / 梅の花

先月中盤まで都内の仕事を終え、後半から2月の初めはビジネスリュックを背負い、或いは、キャリーバッグを転がして神奈川県内のいくつかの自治体、山陽地方のいくつかの自治体を回りました。夏に東京・大阪で登壇した「事業スクラップ」の研修です。行く先々で、「実は、夏のセミナーに参加して、是非、これをうちでやらなければと思いました」と語ってくださる人材育成担当の方々にお会い出来るのは、大変嬉しいことです。

 

自治体組織が、真にその戦略(選択と集中)を実行するには、前向きな職員と、利害関係者を説得する論理とパートナー型住民が必要不可欠です。幸い、現・元行革担当や政策、経営監理の方々を含め、多くの前向きな職員の方々と出会うことが出来ました。意見交換や質問を通じ、考えるべき点が明確になってきています。現状に満足せず、修正・改善をしていきます。

 

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事業スクラップの本題に入る前に、仕事の管理や実効性の考え方を説明させて頂いています。これは民間企業でも何も変わりません。仕事の管理から、東京都某特別区で担当しているコンサルティングの話を敷衍させて説明することもあります。働き方改革につながるこのコンサルティングは、2課における組織内協働の仕組み作りのサポートを中心に行いました。

 

現在、わが国で官民問わず取り組んでいる「働き方改革」は、単なる時短ではありません。仕事の管理の仕方を学び、業務改善につなげるとともに、組織内における協働の仕組みを構築することが不可欠です。課・係・個人の協働はコミュニケーションを円滑にすれば自然と生まれるものでは、決してありません。効率化を追求する「分業」が重視される組織の構造に「協働」の仕組みを如何に構築していくか、が問われなければならないように思います。

 

担当した2課がそうであったように、それぞれの担当する仕事、職場で、その仕組みの在り方は異なります。それを探り、試行錯誤を重ねる仕事は、大きなやりがいと共に大変興味深いものです。これまでの知見を次に、またその次に、と活かしていきたいと思います。

 

梅の花

 

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しばらくぶりに家に帰ると、庭にある梅の花が咲いていました。

立春も過ぎました。もうすぐ春です。

                         

後閑徹

 

 


 


教育 × 市民参加 × ファシリテーション

 

 

 

 

「コミュニティ・スクールの運営マニュアルを作る」という研究会に参加しています。日本学術振興会の科研費を頂いた研究の一環です。今年の3月までに何とか成果を出していかなければなりません。

 

昨日は、東京八重洲の会議室で、そのミーティングの日でした。研究会が始まって半分が経過したことになります。

学会発表の内容に関しての討論の後、マニュアルのアウトラインの話になりました。

 

手分けしての文献調査&報告・コミュニティ・スクールへの調査・報告、討論を経て、今回やっと具体的な内容には入れたという感じです。

ほとんどが仕事をもちながらの参加で忙しく、参加メンバーも当初より激減しましたが、何とかゴールが見えてきたかな、という感じです。

 

私は、教育というより、住民協働の手法に興味があり参加しました。

案の定、調査が進み、見えてきたのは、プロセスも主体的に動く人の属性も千差万別ということ。ひとつの「やり方」には収まりません。

多様な背景と考えをもつ人間が集まり、ひとつのことを成すことは、とても難しい。

しかし、同時に、どの事例でも核になる人間の熱量は確実に全体に影響している点は共通しています。また、「上手くいかない」ポイント、「上手くいく」ポイントは、共通するものがあるように思います。

 

私は、あらゆる分野、あらゆる目的でファシリテーションが有効とは全く考えていませんが、このテーマの中では、ファシリテーションもきっと有効なはず。

押しつけがましくなく、自由と秩序のバランスを探りながら、子どもたちへの教育を地域も参加してより良くするという目的に向かって運営されるように、各プロセス毎に「対話」の留意点を提示出来たら良いと考えています。

 

内容固めのためのミーティングもあと数回。段々と成果物のイメージも出来てきました。

少しワクワク感が高まったミーティングでした。日程的には、少し焦らなければいけませんが。

 

 

後閑徹

 

文科省 コミュニティ・スクール 地域とともにある学校づくりのために

 

 


 


災害時、私たちはどう行動するか/ 避難所運営ゲームHug&避難訓練ゲームEVAG

5月1日 避難所運営ゲームHugと、避難所訓練ゲームEVAGを体験してきました。
総勢15名(5人グループ3チーム)、晴美トリトンスクエアにある中央区民館をお借りしての体験です。

避難所運営ゲームHugは、グループが避難所の意思決定機関として、避難所の立ち上げから、続々と来る様々な事情を抱えた避難者の受け入れ、災害支援本部からの指示(明日朝5時に仮設トイレ5基到着予定→準備せよ・毛布25枚到着等)、報道機関への対応等を話し合いながらさばきます。
静岡県 避難所運営ゲームHug  

一方、避難訓練ゲームEVAGは、ある特定の属性をもった避難者(私は15歳少年・両親は隣町勤務etc.)を演じることで、避難者の考えを疑似体験し、注意点を見つけ出していきます。
避難訓練ゲームEVAG


 Hug
hug

最初に15分の作戦会議の時間がありましたが、私たちのグループでは何も決まらず。ただ、この時間で、このペースでの話し合いは不可能だろうという共通認識は出来たと思います。

校舎の2・3階はなるべく使わないように、と事前に告知されていましたが、開始早々、体育館に通路を作り、支援物資を置くスペースを作ると確実に収容場所が足りなくなるのが見越せたので他の教室も解放。
校庭、駐車場の割り振りやペットの問題等、カードの指示をさばいていきました。随時、矛盾や混乱もなく、比較的、広い視野で先を見通したルール作りが出来たのではないかと思います。事前に大まかな方向性をメンバーで決めておくのは有効だと思います(随時、微調整。また、決定事項は紙に書き出していきました)。

今回はメンバーがファシリテーションを実践している人間ばかりでしたし、感情的対立や文句を言ってくる避難者もいなかったというのは大きかったでしょう。現実に運営する場合には、もっともっと混乱するでしょう。ただ、さばくべき課題の質と量、その難しさを知ることが出来たのは大きいと思います。

また、ファシリテーションというとじっくり時間をかけて相互理解を深めるという方向に行きがちですが(そこが少し私には違和感ある点でもあります)、今回のように次から次へと処理すべき課題が出てくる場合の合意形成の在り方というのはもう少し考えてみても良いと思いました。

EVAG
Evac

EVAGは、個人が与えられた役割(15歳少年や82歳老人、その他詳しい設定あり)になり切り、避難の判断をします。

警報の難しさ、判断の難しさは思いもよらぬことでした。
私の場合は、障がいをもつ弟がいるため、隣町勤務の親を待つという決断が、最後まで響き、結局避難できませんでした。

興味深かったのは、ご近所との話し合いで、「もうすぐ親が帰ってくるはずだから、僕たちは避難しないで親を待ちます」と言った言葉がご近所の皆さんの避難を遅らせたことです。 以前読んだ安倍公房の「死に急ぐ鯨たち」を思い出しました。その中に、火災時に避難中、忘れ物を取りに帰った者を避難者全員が待ち、結局全滅してしまったというエピソード(事実)が提示されます。安倍公房は、人間というのは自分と異質なモノに引っ張られるようだということを書いていたと思います。

親に依存する15歳の少年(私)が、避難しようかという近所の住民の相談で「親を待つ」と言ったことで、近所の住民が判断を引っ張られる。それは、同情? 自分たちだけ避難できないという正義感に類する心理? 他者への依存?横並び意識? 

そして、そうするうちに避難の時期を逸してしまう。
自分たちで判断をする。予めルールを作っておく。避難という不快な行為をしないように自分を正当化しようとする(認知的不協和)、その結果、避難は遅れる。
予め自分で考えておくことや、自助の重要性を再認識しました。

また、ロールプレイをすることで他者への配慮のポイントにも気づけました。共助をするにもまずは他者を知ることが必要です。

避難を決断した方は全体でもそう多くはなかったように思います。自分たちの地域の危険性を知らなければ、避難は遅れるのかもしれません。

これらの災害疑似体験ゲームを皆さんの街で経験することは大変有効だと思います。
街で災害に備えるために、経験してみることを強くお勧めします。

現実と概念の関係 / 原理主義者にならないために

NPO日本ファシリテーション協会のOPEN FAJにてファシリテーション実践事例Vol.8として流山での街づくり勉強会について報告させて頂きました。

FAJに参加してちょうど1年、思うところあり定例会もしばらく参加していませんが、他の多くの方と同様にファシリテーションの重要部分はこれまでの経験で身につけてきたと思っています。

僕の場合は、長く学び、飯の種にもしてきた法律学から寛容と多様性の受容を、同じものをダイバーシティとして経営学からも辿りました。ミーティング手法や合意形成の在り方は大変苦労した前職でのマネジメント経験で試行錯誤してたどり着いたものと重なる部分もたくさんあります。

ファシリテーションは何も特別なことではなく、社会人が経験から学び実践してきたことをファシリテーションという概念で括ったものだと僕は考えています。だから誰でも出来る、誰でも知っているものだと。




「ファシリテーション起点で考えない」「ファシリテーションを実践するために呼ばれたのではない」

実践事例で書いた言葉です。こんなことを書くと、もしかしたらFAJの中には不快に思う方も居るかもしれません。

しかし、概念と現実は合わせ鏡のようなもの。

お互いを映し、お互いに拘束し合う。ファシリテーションという概念が現実に働きかけると同時に、現実がファシリテーションという概念を統制する。 そういった円環を回しながら概念は進化(深化)するものと僕は考えています(人間社会を対象にするもの一般にいえることだと思いますが)。

まだまだ自分で「ファシリテーターです」と名乗るのは恥ずかしいですが、実践から学ぶことは多くあります。これからも実践をしつつ修正・深化をしていきたいと思います。もちろん、依頼者のニーズに応えながら。

最後に… 実践の機会を与えてくれる皆さん、ありがとうございます!またよろしくお願いします。 また、考える機会を与えてくれたよっさん、ありがとうございました。お声掛け頂かなければ自分からは書こうとは思いませんでした。
そして、裏方として運営に参加している皆さまにはいつも感謝しています。こんなに大人数な自律分散型組織を運営出来ているのは皆さまのおかげです。
ありがとうございます。

OPEN FAJ 実践事例Vol.8



 

ママ達の街づくり

私もお手伝いをさせて頂いたmama's選挙ラボの活動が、マニフェスト大賞において「優秀コミュニケーション・ネット選挙戦略賞」を受賞 しました。受賞は、戦略を練られた尾崎さん・近藤さんを初め、子育て期の忙しさの合間を縫ってのママ達の活動の賜物です。

私もワークショップ後も活動に参加させて頂き、育休中のママのママ達が繋がりママ達が望む「街」の在り方を模索して声を挙げていく様子を間近で見ることが出来ました。まさに、参与観察法そのもの。主役はあくまでママ達なので出しゃばらないように注意しながらのお手伝いでした。

組織における女性の課題を取り扱う一方で、街づくりでも活動をしている私にはこの両者が融合する良い事例でした。

子育て中のママ(本来パパもですが)は子供を通じて地域に根付いていきます。その柔らかなネットワークがママ達の助け合いを育み、家族同士の交流を広げ、市と住民の協働が進んでいきます。


街づくりにおけるママ達の可能性はまだまだ広がる勢いです。



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