新年のご挨拶 / 馴染む

 

2017年 新年明けましておめでとうございます。

 

昨年は、多くの方のご支援により、様々な場所で仕事をさせて頂く機会を頂きました。

本年もまた、新たな挑戦を続けて参ります。どうぞ、お引き立て賜りますようお願い申し上げます。

 

☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ 

 

年末年始は、86歳になる父を連れて京都で過ごしました。

以前、連れて行ったことのある御所南にあるステーキ屋、先斗町、祇園で食事やお酒を楽しみ、イノダコーヒーで甘いケーキと共に(これまた甘い)コーヒーを飲みました。嵐山を巡り、我が一族の祖先が祭られる滝口寺に詣でた後、嵯峨野を散策し、竹林を歩きました。嵯峨野では途中、お茶屋でみたらし団子と抹茶を頂きながら、2万歩程度を歩きました。

北山に雪もない、例年に比べれば暖かな京都でした。

 

いつもは真っ先に京都駅から歩いて行く五条橋袂のカフェ、水路閣の奥にある一番好きな南禅院の庭、三条大橋を見渡すスタバや逍遥しながら黙考するいつもながらの時間は、今回は諦めました。そんな時間は、またいつでもとれるさ、と思い。

 

老親に「最後にもう一度…」と言われると、出来るだけかなえてやらなければ、と思います。

しかし、同時に、親が年老いていくことに応じてなかなか変われない、振舞えない自分が居ます。いつまでも口の悪い父に、つい感情的になる自分が居ます。

 

そんな時は、一本の棒を心の中に立てるように、明確に自分のすべきことを意識し、徐々に、その差を埋めるよう試みるべきでなのしょう。やがて、意識もせずに振舞えるときが来るよう、努力しなければと思った年末年始でした。

 

 

年が明けてから、新しいConverseのスニーカーをおろしました。今まで履いていたNew Balanceのダークブルーのスニーカーがかなりくたびれていたため、年末に買っておいた靴です。未だ皮が硬く、歩きづらさを感じます。もう少し紐を緩めても良いのかもしれません。

 

おろしたての靴を履くと、自分の歩き方の癖に気づかされます。靴が足に馴染む頃には、自分の歩き方も少しだけ矯正され、同時に靴も形を徐々に変えていくのでしょう。「新しさ」に向き合うということは、否が応にも、自分自身を意識させるものなのかもしれません。

 

さて、今年は、もうひとつ、仕事の幅を広げようと思います。それを自分のものにするまで、苦労をするでしょう。しかし、新しい靴がやがて馴染んでいくように、きっと自分のものにしたいと思います。

 

 

そして、世界が寛容の精神で包まれますように。

Peace for all!

 

人材・組織開発コンサルタント 後閑徹

 

 

 

スニーカー


映画ドリーム(原題:Hidden Figures)/ 自尊心

先日、映画ドリームを観てきました。

1960年代、黒人差別に異議を唱える公民権運動が盛んになる中、偏見と差別を受けながらも、NASAにおいてマーキュリー計画(米国の有人宇宙飛行計画)を支え、その後も大きな功績を挙げた三人の黒人女性(その背後にもいた大勢の黒人女性たち)の実話を元にした映画です。

原題はHidden Figures(隠された人々)。

 

 

 

 

映画は、複雑な現実をシンプルに提示します。

 

その中に、私は、黒人であることで差別され、女性であること故の(同じ黒人の男性からも)偏見に晒されながらも、誇り(自尊心)をもち、自分の才能と努力を信じて着実に前進していく力強さと勇気をみました。

 

また、ケビン・コスナー演じるマーキュリー計画を成功させることだけしか頭にない本部長が、能力のみを考え、それまでの差別的慣習を破棄していく様に、厳しく真理を探究しようとする姿勢の可能性をみました。地球軌道を周回する任務を負った若き宇宙飛行士グレンもまた、黒人女性への偏見がないように描かれているのは、きっと偶然ではないでしょう。

 

自らの能力を信じ、物事の本質を真に探究しようとする者は、肌の色や性による差別意識・偏見に捉われる可能性は極めて小さいように思います。

 

映画の中で、白人女性が言った、「わかって欲しいんだけど、私は偏見はもっていないつもりよ」という言葉に、NASAで管理職をめざす黒人女性ドロシーが、「わかっていますよ、あなたが偏見に気づいていないことは」と返す言葉は、特定の性・宗教・国籍や民族等を差別し、彼我の区別において自己確認を強化しようとする風潮のある現代において、多くの人々がかみしめるべき言葉と思います。

 

 

映画:ドリーム(Hidden Figures)公式サイト

 

 人材・組織開発コンサルタント/研修講師:後閑徹

 

 


誰かからのラ・フランス

10月終わり、ひとつずつ綺麗に包装されたラ・フランスが我が家に届きました。

しばらく置いて、軟らかく、良い香りを漂わすようになってから美味しくいただきました。

 

柔らかな果肉を口に含むと、甘さと共に豊かな香りが口いっぱいに広がります。

いびつな形態に似つかわない、繊細な香りです。

昨年、米沢に仕事で出向いた際、買い求めてラ・フランスの美味しさを再認識しました。

 

 

 

そんな美味しく、ジューシーなラ・フランスをひと月をかけて食べ終わった昨日、もうひと箱、ラ・フランスが届きました。

ふるさと納税の返礼品です(写真:奥の段ボール箱)。

てっきり食べ終わったラ・フランスが返礼品だとばかり思っていたのに。

納税先に、送り先に重複はないか確認すると、ない、という返事でした。

 

申し込みのHPには、11月下旬から順次発送とありました。

10月下旬、「ラ・フランスが届いた」、と家族から出張中の私に連絡が来た際、やけに早いな、と思った記憶があります。

 

宛て先は確かに私だったとのこと。私も、出張先だったことや、ふるさと納税の返礼品との思い込みもあり、送付状等は確認をしていません。

 

さて、食べ終わったラ・フランスは、一体どなたからのものだったのでしょうか。

 

ひとつずつ柔らかなスチロールで包まれた大きなラ・フランスでした。

今日は食べ頃かな、もう少し置くともっと香りが立つかな、と待つ時間も楽しみながら、美味しく頂きました。

そんな素敵な贈り物でした。心より、ありがとう。

 

お心当たりのある方は、ご一報ください。

連絡をお待ちしています。

 

 

人材・組織開発コンサルタント/研修講師 後閑徹

 


相談業務から働き方改革を考える

以下、行政マネジメント研究所 コラム 2017年11月 より転載

 

 先日、ある福祉事業団のマネジメント層の方々を対象とした研修を行ってきました。
 研修は、ご要望を反映し、職場運営の方法や困難事の共有と解決策の策定を中心に進めましたが、途中、仕事の管理手法として、優先順位の決め方、進捗管理や仕組み作りの必要性等も織り込みました。その中で、ひとつひとつの仕事の工程を見える化し、求められる水準を最も早く実現できる工程に揃えることの重要性のお話もしました。そして、昼休み、終了時の質問時間に、この点についての疑問が呈されました。

 

 

【相談業務は管理できるのか、というご質問への私の回答】
 ご質問は、ともに相談業務は非定型的業務であり、被相談(応談)者の個人的スキルに依存するため、定型的業務を前提とする仕事の管理手法は妥当しないのではないか、という内容でした。
 相談業務は、確かに、相談者の相談内容や置かれている状況、被相談(応談)者の傾聴等のスキルに依存する部分が多く、業務時間を特定することは難しいかもしれません。また、聴くことによる不安・不満の解消自体が重要という相談業務の本質からも、一律に時間を決めることは難しいでしょう。
 しかし、果たして、そう簡単に割り切ってしまって良いでしょうか。
 相談業務も 把握すべき情報を聞き出す仕事、 不安・不満に寄り添い、負の感情を解消してもらう仕事に分けられるのではないでしょうか。
 そして、 把握すべき情報を聞き出す仕事については、フロー図の作成や聴きとる際のフォーマットを作成することで、ある程度は定型化・効率化すべきです。また、 不安・不満に寄り添い、負の感情を解消して頂く仕事について、個人のスキルに任せきりにしていないでしょうか。確かに、その人の性格や醸し出す雰囲気等、個人の資質に大きく依存する仕事であったとしても、それが自己満足に陥っていないか、より良い対応の仕方はないか、を職場で考え、共有することはすべきでしょう。「不安を感じている相談者には、こういう言葉がけや順番が良いようだ」、「なかなか決断できない方には、決断すべき事柄を紙に書いて見せておきながら、感情に応ずると良い」等、現場で身につけた各々の技術を共有する時間・場を作る必要があると思います。

 

【何のための効率化か】

 私の回答に、質問してくださった方々やその他の方々も、頷いてくださいました。確かに、個人の技量に任せていた部分が多くあり、スキルを共有する場の必要性をご理解いただいたからだろうと思います。
 しかし、帰りの新幹線の中で私が感じていたのは、自分の口から出た言葉への小さな違和感でした。それは、相談者の気持ちに寄り添うという福祉に従事する方々が大切にしている点を、技術(スキル)の面からのみ切り込み、回答した点にあったことにすぐ気が付きました。あたかも効率性という一つの価値に過ぎないものを、当然の実現すべき唯一の価値であるかのように解説してしまったことへの反省です。
 私は、回答の先に、「何のための効率化か」を問いかけるべきだったと考えています。何故なら、仕事は、仕事の成果をだすためだけにするものではないからです。
 それは、相談者の人生への心情的支援であったり、組織への貢献であったり、自己の能力の確認であったり、後輩や部下への教育であったり、課題への挑戦や自己が成長する過程そのものでもあります。
 管理法に基づく効率性の追求が仕事の本質であったなら、それは無味乾燥な作業と何も変わりません。先のご質問を受けた際に、この点をともに考える必要がありました。
 その時間をとることで、仕事の管理は、時間捻出による他の価値を実現する手段として位置づけられることとなったはずです。そして、その時間は、仕事を管理すること自体を目的化することを避け、仕事の多様な意義をもう一度確認することに繋がったのではないでしょうか。

 

【働き方改革≠時間短縮】
 働き方改革が実現すべき課題として設定される現在、タイムマネジメントや業務改善の必要性が叫ばれ、事実、そのようなご依頼を多く受けています。
 しかし、私たちの仕事は、効率性だけを唯一の価値としている訳ではありません。効率性やこれを含む実効性を高めながら、仕事を通じて得ようとする多様な価値の実現を如何に図るか、ともに考える必要があります。
 働き方改革の真の意味を、働く現場で、それぞれの価値観に照らし合わせて考えることを忘れてはならない、と再度肝に銘じるこの頃です。

以上

 


人材・組織開発コンサルタント

後閑徹


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